f#(fシャープ)「自分らしさ大切に。明日への想いをつなぐプロジェクト」|TOP

私はこうしてf#しました♪体感談

f♯family 土橋みゆきさん

f#で老後を共に楽しめる仲間に出会えて、歳を重ねることが楽しみになりました。仕事でお世話になったり、心の底から笑ったり。
仕事のヒントもたくさんいただきました!
f#に関わってから笑うことが多くなりました!ご縁にいつも感謝しています。

f♯family 大城かずみさん

郷里は沖縄。三人姉妹の長女として現在は東京に在住です。音楽とスポーツで明け暮れた学生時代。30代に、勤めていた会社の倒産で世の中の厳しさを痛感。この日から様々な景色を感謝に変え、子育てしながら、事務、接客、力仕事にチャレンジします。紆余曲折ののち派遣会社に入社。代表、先輩後輩に可愛がられ(笑)はや10年。現在は財務部長として仲間と共に日就月将で歩んでおります。

2010年、自身に期待をすべくミュニケーション学を学び同年、匠佳堂 林和都恵さんと出会い、まだまだ自身に伸びしろがあると気付かせて頂き今も忘れません。

林さんから『f♯ factoryの一周年パーティのお誘い。40代50代の女性の生き方を「♯(半音)上げる」という趣旨の会です』この参加が私とf♯ factoryとの出会いであり、私にとっての究極のコミュニケーションを知ることになります。
f♯factory北澤清子代表者始め携わるメンバーは、不可能を可能に変え、可能はさらに繋げていき、前向きな気持ちを常に傘下に拡げていく姿勢に賛同しております。

様々なイベントは有意義な時間を共有できます。誰もが主役になることができ、大人の女性を形にできる最高のステージを与えてくれます。ボランティアにも一丸になって取り組み、さらなる飛躍を信じチャレンジを忘れない自分でいられる。それを教えてくれる人達が「ここに」いてくれる。私は、素敵な場にいるような気がしています(^-^)

f♯family 荒井祥恵さん

f♯factoryのイベントに、これまでいくつか参加させていただきましたが いちばんの思い出は「f♯factoryの二周年記念イベント銀座TACT参加型ライブ!2/27/2014」

代表の呼びかけでf♯familyのメンバーの中の歌うことが大好きなメンバーが集結しました。 いくつかチームがあったのですが、私は当然昭和歌謡チーム。 普段は好き勝手に、バンドに合わせてもらって歌っているのですが この時は、「みんなで合わせる」ことが課題。

恵子さんと清子さんにみっちりレッスンを組んでもらい、キャンディーズ になったり、ピンクレディーになったりしての、ダンスレッスンでした。 私は昔からダンスが苦手で振りおぼえが悪いので、仕事だったら クビでした(笑)1回言われたことが、次にできていなければ、すぐに チェンジさせられる世界でやっていたお二人に、同じことを何度も何度も 見ていただける、貴重な機会でした。 チケット代をいただき、会員以外のお客様にもいらしていただくイベントでしたので、 学芸会というわけにはいかなく、必死でしたが「みんなで作り上げる」という 達成感がありました。 おかげさまでお客様にもとても喜んでいただけたようで、参加できてよかったです。 多分私の声も、いつもより半音上がっていたことでしょう。

自分のライブにもf♯familyのメンバーが来てくださることもあり、仲間が増えていく喜びを感じてます。応援し合える仲間が居るって素敵!f♯factoryに参加できてホントに良かったです。

f♯family 言魂文字 紫水さん

「どんどん夢が叶うメディカツ」水越浩幸さん主催のイベントで、f♯factoryの北澤清子さんと出逢い、自分が健康に大変興味が合って、 清子さんの酵素に関するセミナー&ランチ会があると伺い、 参加させて頂いたのが切っ掛けで、 その会がとても楽しかったので、何度かイベントに参加させて頂きました。

いつも他に無いとっても興味深いイベントばかりで、 参加させて頂くといつもご参加の皆様が暖かく優しい方ばかりで、 また、それぞれとても素晴らしい活動をされていらっしゃる方が多く、 お仕事抜きで、本当に心地好いお仲間に巡り逢いたい方には是非おすすめです。

f♯family 山口幸恵さん

突然孤独になった
2010年8月、のっぴきならない事情で、急遽、引っ越しをしなければならなくなった。
猶予期間は3週間。日常生活と仕事をしながら、次の住かを探し、荷造り、子どもの転校先探し、転居手続きをし、部屋の明け渡しまで完了しなければならない。しかも、うだるような酷暑と闘いながら。
頭の中は混乱し、身体は疲労困憊、日時も昼夜もわからなくなり、全身がふわふわしていた。

そんな修羅場と化した真っただ中に、30年もの間、親友と信じ切って文通を続けてきた2人から、突然にそれぞれ絶縁状が届いた。酷暑と疲労の中、くれまどう意識の奥で、
「なぜ?」
「何が起きたの?」
「なぜ今なの?」
と繰り返しながら、どうにかこうにか引っ越した。

荷解きが終わり、転居ハガキを書こうとして、アドレス帳が無くなっていることに気が付いた。大急ぎで荷造りをして越したため、紛失してしまったらしい。
さらに、携帯電話におびただしい数の迷惑メールが届くようになり、余儀なくメールアドレスを変更したのだが、その際、操作を誤って携帯電話のアドレス帳を消去してしまった。
かくして、パソコンデータと仕事関連の書類の中に残っている人だけが、唯一繋がっていられる人になった。

アドレス帳、携帯電話のアドレスデータを一気になくし、さらに親友だと信じていた2人から、偶然にも同じ時期に突然届いた絶縁状。当時は、ブログもFaceBookもやっていなかったので、急に淋しくなり孤独になった。悲しくて情けなくて悔しいところに、引っ越しの疲労が全身にのしかかり、途方に暮れながら虚脱感に襲われていた。
それでも日常生活は刻々と続いていくし、仕事もしなければならなかった。

2011年夏、引っ越しから1年が過ぎる頃、世間では「絆」という言葉が飛び交っていた。
〝途切れてしまったご縁は残念だけれど、本当にご縁があるのならまた繋がれる。それよりも、これからの新しいご縁を大切にしていこう。私は私の絆を新たに繋げていこう〟
そう思えるようになっていた。

KIYOねえとの出逢い
2011年9月。KIYOねえ(f♯factory代表・北澤清子)のサロンを訪れた。四半世紀もの間、N.Y.に憧れ続けていた私は、かつてN.Y.から発信されていたKIYOねえのブログを拝読していた。
帰国して恵比寿にサロンを開いたKIYOねえに会いたかったのだ。雑談の中でKIYOねえは、
「女性を応援する会を立ち上げるんだ」
と言った。私がサロンを辞去するとき、楽しそうな女性たちの笑い声が聞こえてきた。これから打ち合わせをするとのことだった。
〝いいなあ。楽しそうだなあ。私も会に入りたいなあ〟
多くの繋がりを無くしてしまった私には、たいそう魅力的な会に感じた。

f♯factory
年が明けて2012年2月。満を持してf♯factoryがスタートした。
KIYOねえのサロンで行われたオープニングパーティで、たくさんの人に出逢った。和気あいあいとした雰囲気の中、皆、ほぼ初対面だったが打ち解けて、良い氣が流れた。一気にお友達が増えた私は、孤独ではなくなった。
それからも、浴衣を着て蛍鑑賞をしたり、クリスマスパーティをしたり、数々のワークショップに参加し、石巻復興バーを手伝った。変わったところでは、松本伊代ちゃんのコンサートで、伊代ちゃんのバックで踊るBe-2(北澤清子・山本恵子)を観ながら、初めてアイドル親衛隊の生コールを隣りで体感した。
こうして楽しいひと時を過ごしながら、1人、また1人と仲間が増えていくうちに、この先、一生心友と呼べる宝物を得た。

f♯factoryで出逢った心友たち
2013年初秋。かなり長期間悩んだ末、自分の進むべき道を自分で決めて覚悟をしたにもかかわらず、不安感から中々最初の一歩を踏み出せない私がいた。そのときf♯factoryで出逢った心友が、
「方向性は間違っていないと思う」
ときっぱり言いながら、力強い目線をくれた。嬉しかった。私が1番欲しい言葉だったから。もう1人の心友が、
「悩んだ時間は、必要な時間だったんだよ」
と言いながら、微笑んでくれた。嬉しかった。私の覚悟を、確信に変えてくれた言葉だったから。さらにもう1人の心友が、別れ際に駅のホームで、
「頑張ってねっ」
と言いながら、私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。嬉しかった。がむしゃらに頑張ってお手本を見せてくれている、純粋な言葉だったから。

心友たちに共通しているのは、常に相手の幸せを考え、相手がいかに楽しく快適に過ごせるか、どうしたら相手に喜んでもらえるか、相手の利益につなげるにはどうしたらいいかを、1番に考えて動くこと。
「相手の幸せ=自分の幸せ」と考える。まるで、相手を想いやることを楽しんでいるように。
けれども、決して自分を犠牲にしているのではなく、また計算や策略でもない。自然と発せられる愛あふれる言動は、周りを爽やかに澄んだ空気にし、幸せオーラで包む。そんな素敵な大人女性の周りには、やはり素敵な大人女性が集まり、良質で高いエネルギーが生まれ循環する。
特に申し合わせてはいないのに、おのおのが自然に気を遣う。その光景が心にジーンと沁みて目頭が熱くなる。嬉しいを通り越して、心臓が痛くなるほど感動する。

感謝
f♯factoryには、高いスキルを持ったビジネスウーマンから家庭内で活躍する主婦まで、聡明でたおやかに生きる仲間が大勢いる。皆、多少の障害はサクサクと乗り越えてゆく逞しさがあり、誰かがSOSを発すると、メールが飛び交い、即、集結する。
ネット上だけではない心からの繋がりは、何物にも代えがたい人生の宝物(者)であり、どんなに大金を積み上げても買うことのできない、大切な大切な一生の財産である。その財産がまた新たに善い財産を連れてくる。
f♯factoryの仲間から、どんどん新しい人脈が外へ外へと広がっていく。それは憧れのN.Y.へも広がって、人生のうねりを豊かにし幸福を運んでくる。それが生きる活力へとつながってゆく。

仲間がいる心強さと幸福感は、2010年8月の私には想像すらできなかった。けれども気が付けば、私の人間関係は9割近くが入れ替わり、f♯factoryが孤独から救ってくれた。
f♯factoryの仲間が共に手を携えてくれること、愛をくれること、気付きを与えてくれること、そして私と出逢ってくれたことに、心からありがとう。
そしてそのきっかけを作ってくれたKIYOねえに深く深く感謝をしたい。

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