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インタビュー

Vol.1-Part.2 巨匠写真家 山岸伸さんの一人語りによるギャラリートークより

「カメラマン」伸さんの一人語りによるギャラリートークより

最初のコーナーは「アート」の原点となる作品

先程のランチ会でも少し言いましたが、もう20年前、米米クラブのメンバーを撮る機会がありましてこの写真を撮りました。銀座の旧キャノンさんで展示したこともあります。

初めて石井竜也(カールスモーキー石井)さんとジェームス小野田さんと会ったとき、小野田さんの顔をメイクしている石井さんの姿を見て僕はてっきりメイクの方だと思って「いや~、メイクさんいい男だね~」と声をかけてしまったんです。当時大人気の石井さんに……。

それで、僕は石井さんがメイクをした小野田さんの写真を主に撮ったんですが、石井さんは実はとてもシャイで、自分を中心に撮られるのが苦手な方なんです。自分ではなく小野田さんを夢中になって撮っていた僕をすごい写真家だと評価してくれたみたいで、馬も合いましてね。そんなことがきっかけで彼らの写真を撮り始めるようになったんです。

それからこの写真をもって単身でニューヨークに渡るんですけど、20年前は畏れを知らなかったんですね。ニューヨークのソーホーで写真展をしたんです。老舗情報紙の「ヴィレッジ・ヴォイス」に広告出して。英語ができないから会場でもじっと一人で座ってました。そこへ今はもう亡くなられたんですが、藤井秀樹さんという写真家の方が会場にいらして、「今どきこんなことやってる日本人はいない。応援するからなんでも言って来いよ」と言ってくださった。藤井先生にはすごく勇気をもらったし、自分のやったことが間違いじゃなかったと自信になりました。

それからこの写真をすごいって言って頂いて、さらに自信を得られました。

この写真を初めて撮ったときに、モノクロプリントで白黒にしたり、カラープリンターで重ねて焼いたり、ずらしたり、ぶらしたり、いろんなことをしながらいつも石井さんに見せに行っていたんです。そのたびに石井さんが「えー!すごいすごいすごい!」って喜んでくれましてね。そんなふうに試行錯誤してたら、ある日、大日本印刷にスーパーコンピューターが入ったというんで、それで1回遊んでみないかと言われて、のせられまして……(笑)。

多忙な石井さんを連れて、この作品をスキャンして、ブラシで石井さんに描いてもらって。そうしてそれから撮り続けることになる一連の最初の作品ができあがったんです。米米クラブは当時すごく売れてましたから、所属しているレコード会社のソニーからも喜ばれましたね。

今こうして振り返ると、その最初に石井さんと作った写真が自分の原点のような気がします。石井さんに「これはアートだ!山岸さんアートと言いましょう!」と言われたんですが、その頃僕はすごくひねくれたカメラマンで、抵抗があって、そうやって二人の協力もあって自分の原点となる作品ができたんです。本当に石井さんと小野田さんには勇気づけられましたね。

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