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インタビュー

Vol.1-Part.1 写真家 山岸伸さん f♯familyみんなで聞いちゃいました!

第一回f♯factoryインタビュー
「スペシャリスト山岸伸さんにみんなで聞いちゃいました!」

伸さん  本日はお忙しいなか、ありがとうございます。今回トークショーということでお集まりいただいてますが、どうも照れちゃって。話づらいですね。意外に人前には出ているはずなんですけど、人様に何かしていただくというのが非常に照れくさくて苦手なんです。人に優しくしてもらうことがあまりなかったからなのかな、そういうのに飢えていたので今日は素直にうれしいです。

北澤清子
今日はf♯factoryのf♯familyからの質問に答えていただく形で皆さんに伸さんの今までを語っていただきたいと思います。
ではでは、最初に…カメラマンになられたきっかけは?

伸さん
どの家庭にも教育方針みたいなものがあると思うんですが、僕には姉が1人いて、親父が芸術家と教師になるように振り分けたんです。親父は竹久夢二の大ファンで、子供のころ夢二ゆかりの場所に連れて行かれたこともありました。高校1年の時、昔は“月賦”といったんですが(笑)、初めてミノルタのカメラを買ってもらって。それがきっかけです。親父は亡くなる時、「自分の育て方は間違ってなかった」と言っていました。姉は定年退職しましたが、まだ教えています。

北澤清子
プロのカメラマンになったのはいつですか?

*伸さん
27歳の時、渡辺プロダクションの宣伝部のカメラマンとして専属契約したのがスタートで す。
姉の友達が渡辺プロダクションに勤めていて、「写真撮ってみない?」と言われて小柳ルミ子さんを撮らせていただいたんです。そうしたら採用されて、渡辺晋社長が亡くなるまでお給料をもらってました。そこで「人を撮る」ことを覚えましたね。会社に関連する冠婚葬祭、新年会や忘年会、ゴルフコンペ、カラオケ大会から社長のプライベートに至るまで、なんでも撮りました。
振り返ってみて、自分が何をすればいいのかわからない時代に、写真があったというのは運がよかったと思っています。

当時は本当に忙しくて助手も雇ってました。毎年暮れになると、フジテレビの「新春かくし芸大会」があって、フジテレビの駐車場に停めた車の中で寝起きしてたぐらいでしたから(笑)。

僕は同じプロダクションにいた沢田研二さんが好きで、前に行くだけで緊張しちゃって(笑)。彼に見られるとなにか全部を見透かされるという感じで、最後までまともに口もきけませんでしたね。そういう状況の中で写真を撮るということがとても勉強になりました。
その後、西田敏行さんとドラマ「池中玄太80キロ」(1980)に出演されていたころに出会って、映画「植村直己物語」(86)までよく一緒にお仕事をさせてもらいました。「池中~」では西田さんはカメラマン役だったんですが、彼にはすごくハートがあって、逆に僕が写真を撮るハートみたいなものを教わりました。西田さんには「相手に不快感を与えず写真を撮る」という技も教わりました。いろいろ教わっておいてなんですが、僕のわざとらしい笑顔は西田さんにほぼ近いですね(爆笑)。
僕が現在カメラマンとしてやっていけているのは、おおげさではなく西田さんのおかげといってもいいと思っています。
女性を撮るようになったのは、安田成美さんに出会ってからです。彼女を僕のレコード会社の知り合いの先輩に推薦したら、映画「風の谷のナウシカ」(84)のイメージガールのオーディションでグランプリを獲って、あっという間にスターになって。それから多くの女性を撮影して、ヒットメーカーと言われるようになりました。僕は自分ではけっして写真がうまいとは思ってないんです。まだまだうまくなりたいと思っているくらいで。今までに出した写真集は400冊くらいです。カメラって僕にとって言葉の代わりのようなもので、場が持たない時に写真を撮るというか。カメラがあると人のために写真を撮ってあげられる。だから、どんどん写真が増えていってしまうんですね。

-ここで参加のf♯family(共に手を携えるf#factoryの仲間)がホームページの写真撮影で始めてお会いした人、本日初めてお会いした人が感じた山岸伸さんの第一印象を聞いてみました-

f#山野江里依
伸さんに撮っていただいた写真をHPに載せたら、私の塾の生徒のお母さんが「誰これ!?」って(笑)。ホントにきれいにとっていただいて、ありがとうございました。

山野恵子(江里依さんのお嬢さん)
母からすごい方だと聞いていて、どんな威厳のある方なんだろうと思っていました。f♯factoryのHP用の写真撮影に私も参加することになり、緊張でガチガチになってスタジオに行ったんですが、目が合った瞬間笑顔で迎えてくださって、とたんに緊張がほぐれました。すごく優しいオーラをお持ちの方でした。

藏貴美江
優しい笑顔で迎えてくださって。素人はフィルターの前に立つだけで顔が硬直するじゃないですか。それを一生懸命和ませてくださって畏れ多いといいますか。とても嬉しかったです。

北澤清子 f#
実は今年の1月末にf♯factoryの写真を撮っていただくにあたり、familyのプロフィール写真も写して頂こうということになって林香都恵さんにも声をかけました。香都恵さんは今まで有名な写真家の方にも撮っていただいた経験があるそうですが、満足するものはあまりなかったとのことです。それが今回、伸さんに撮っていただきHPやブログに載せたら、とても評判がよく褒められたと喜んでいました。私も「かわいい写真ですね」とか「若い!まだまだいけますね」というコメントをフェイスブックにいただいたりして、family一同伸さんには心から感謝しています。
私自身はアイドル時代に撮っていただき、当時から「巨匠!」と感じていますが、写真に興味のない方には伸さんのすごさは実際にお会いするまでわからないかもしれません。スタジオで伸さんを目の前にして、まばゆいばかりの笑顔と優しいオーラにみなさん驚かれたのではないでしょうか。

伸さん
数々のお褒めのお言葉をありがとうございます。大変光栄です。ここ最近思ったんですよ。ひょっとしてこの笑顔がよくないのかなと(笑)。実は僕本当は怒りっぽいんです。気が短くて怖いって言われることもよくありますし。撮影している時はすごく怖いと思いますよ。一般の方にはあまり要求しないんですけども、プロなら若い女の子でも撮られることに対して不真面目だったら怒る。僕は人のために撮っているから。何のために僕が撮っているかわからない人に対しては自然と厳しくなってしまうかもしれません。
2009年、民主党に政権交代したとき、鳩山由紀夫前総理のポスター撮影をしたんですが、僕はそれまで20年間鳩山さんのポスターを撮ってきて、鳩山さんが総理になったときの喜びといったら、それはもうすごいものがあって、非常に感慨深いものがありました。でも、そういう時でも僕は常に笑顔でいるというか、笑顔でだましてきてるというか(笑)。たとえどんなに緊張していても笑ってる。顔に出すと緊張が移っちゃいますから。つまり緊張を笑顔で隠しているってことなんです。それがいいのかどうかはわからないんですけれども。
僕の仕事は初対面の人とすることがほとんどで、緊張する場面もありますが、それを相手に見せるわけにはいかない。表情だけは笑っていないと。笑顔で接して撮影している間に本当の笑顔が生まれたら、いい関係が生まれるんじゃないかと思っています。

カメラマン伸さん芸能人を撮るカメラマンって意外と写真の世界では尊敬されないっていうのかな、被写体が光っているから僕らが光るというのがあるんです。そういう意味では評価が低い仕事なんですね。僕は一番大変な仕事だと思っているんですが、残念ながら日本の写真界は厳しいんです。アラーキー(荒木経惟)さんと篠山(紀信)さんは別格です。

昔はどんなジャンルでも撮れないと写真家として食べていかれなかったけど、今はスポーツでも水泳、スキーとすべて競技ごとにスペシャリストがいて、それぞれ専門のカメラマンが存在する時代です。その中でも女性を主に撮るっていうのは難しい位置にあるんじゃないかと。そういった意味も含めて僕は自分を職業カメラマンだと思っています。

写真を撮ることイコール生活ですから。写真家ってすごく数が多いし、生活の保障もない何もない。国家資格があるわけでもないですし。10年間撮りためても日の目を見る人と見ない人がいます。名刺作って「写真家です」って言ってしまえば、その日からなれるわけです。喫茶店のマスターやってて、写真家を名乗る人もいるし、そういう仕事なんですよ。だから、職業カメラマンで30年もやってるとなると、儲かってるんじゃないかとかヘンに勘ぐられることもあります。

そういう保障のないカメラマンにも3つくらい協会がありまして、僕もかつては2つ入ってたんですが今は1つだけ所属してます。名刺にそういう協会名を入れて、パーティなんかに頻繁に顔を出して仕事をする人もいますが、僕はとにかく人前へ出るのが得意じゃないから行かないし、若い時からパーティの類には一切行ったことがないんです。こういうこと(ランチ会)もホントのところ苦手で……。還暦過ぎてから結婚式とかお葬式とかそういうところへは必ず出ようとしてるんですけどね。顔が広そうで狭いというか、好きな人以外付き合わないというか。軟弱に見えるんですが、意外と無骨者で(笑)。

北澤清子
伸さんには、仲良しのタレントさんもいらっしゃると思いますが、どんな方々が?

伸さん
何人かはいますけど、飯島直子ちゃんくらいかな。基本的に事務所からお仕事をいただいてるので、女の子と仲良くなってもあんまり得しない。逆にマイナスだけなんです。男性はけっこう友達になりますけど、女性はならないですね。直子ちゃんは若い頃から知ってるし、仕事でトラブルがあってその山を二人で乗り越えたこともあるから。彼女には「幸せになってね」って、良いお付き合いができます。

北澤清子
「アナザースカイ」という番組の中で、17・18年ぶりの再会をして直子さんがすごく感動してましたね~。直子さんから抱きつかれてハグハグされて~。

上野光波子
伸さんにお会いするまでどんな方かとドキドキしてたんですけど、笑顔が人を受け入れてくれる感じで助かりました。緊張を隠すための笑顔だというお話でしたが、いろんな方にお会いするからこそ、そうやって接していらっしゃるんですね。サービス的な精神がたくさんおありなんだと思います。

山野江里依
山岸さんは気遣いの方ですよね。

伸さん

女性を長く撮っていると相手に嫌なことをさせたくないと思うし、だからついつい気遣ってしまうんです。若いアイドルなんか、仕事だと言われていきなり連れて行かれて、寒い海に突っ込まれたりするでしょう。僕は洞察力とか妙にそのへんが優れていて、すぐに察してしまうというか、わかってしまう。それが気遣いになっていくんですけれども。相手に寒い思いをさせている時は、僕も寒い格好で撮る。ちょっと寒い時期に女の子を水着で撮っている時なんかは、僕も半袖のシャツで撮ってます。周りは僕が暑がりだと思ってるんだけど、実は寒い。僕が限界だって思ったら、その時は撮影を止める。僕が暑い寒いと感じる時は女の子を撮らないようにしています。

北澤清子
そうだったんですネ。タレント時代に撮影していただいていた時には、気が付きませんでした。失礼しました(^_^;)。

丸山伸予

私は林さんから「ものすごい方なのよ、でもとても気さくな方」と聞いていました。実際お会いしたら、ホントに笑顔が素敵で、つられて私も思わず笑ってしまう……ちょっとハートを持っていかれてしまうような気持ちです(笑)。

伸さん
ランチ会風景僕は女性のヌードも撮っていて、でも決して好きでやっているわけではないんです。そういう職業ですし、事務所の意向や思惑とかもあって、そういうシチュエーションを背負って彼女たちが現場に出てくる。背景や状況はもちろん僕にはわからないです。だからいかにそういったことを感じずにさらりとやり抜けるかなんですね。深く入り込まず、さらりと……。打ち合わせはあまりしないし、天候次第、お互いの調子でどんな写真がとれるかわかりませんから。おそらく、日本のカメラマンの中で一番人物をたくさん撮っているのは僕でしょうね。96年から5年かけて、北海道・帯広市にある幸福駅で100組のウエディング写真を撮ったんです。撮影したのは市のHPで募集した人たちで、ウエディング写真を撮ったことがないっていう方がほとんど。再婚とか訳アリの方たちもいらっしゃって。それで、アンケートを書いてもらったんだけど、「幸福とは?」って質問に「ずっと一緒」とか、みなさんすごく短い言葉で表現してくれてたりして。けっこう泣けました、それは。感動しましたね。

北澤清子
その写真を発表する予定はありますか?

伸さん

 写真展をキャノンのギャラリーで開催。東京は銀座で。番組にもなって放送されました。今もVTRを会場で流してます。予定です。日付等はまだ決定しておりません。

ランチ会土橋みゆき

いつもネットでお顔を拝見していただけなんですが、笑顔がホントに素晴らしい方で。もしかしたら怖い方なのかとか妄想してましたが、そのままの笑顔でうれしかったです。

伸さん

 今日は体調がいいんです。3年前にみなさんに会っていたら、もうちょっと引き締まった顔だったんですが、最近僕としては残念な感じで。

横澤千恵

造形表現全体に興味がおありで、ご自身のテーマはとくにないとのことですが、本当ですか? 木村伊兵衛さんも人物をかなり撮られていますが。

伸さん

僕はホントに頼まれたものしか撮らないんです。木村さんとはスタイルが違いますよね。今は光を入れたり何を使ったりと手を加えながら撮るので。昔みたいにカメラ1台首にぶら下げて撮っていた時代とはちょっと違うんですね。

山野江里依

ばんえい競馬や球体関節人形については依頼があったんですか?

伸さん

ばんえい競馬は偶然行ったら面白くて撮り始めたんです。球体関節人形は病気で入院してた時、たまたま本で知って、大竹京先生に「先生のお人形を撮りたい」ってお願いして撮るようになったんです。

今回はビジネスとは関係ない写真を展示していますが、基本的に写真は依頼されなければ撮りません。30年写真屋をやってきて、なかなかそういうものを自分で見つけられなかったというか。ただ、自分が撮る写真は他の人とは違うっていう自負はあります。被写体は僕の専属ではないから、誰かとかぶってしまうこともあるけど、自分の写真はこうだっていうものは写真の中に必ず入れてますね。

横澤千恵

尊敬する写真家はいますか?

伸さん

難しいですね。写真は歴史が浅いし、海外のものはあまり好きではないです。強いて言えば、生き方を含め立木義浩先生は一本筋が通っていて好きですね。70歳を過ぎてもピンピンされています。

山崎マリア

球体関節人形の作家さんとご縁があって、作家さんのお店に作品をおろしています。先生の人形の写真を見せていただいてこれはすごいと思いまして。球体関節人形との出会いや人形に対する思いについて聞かせてください。

伸さん
人形に惹かれたのは人間に近いからですね。僕は人形だと思って撮ってないんです。人形を撮るカメラマンはたくさんいますが、そこが根本的に違うというか。それで、大竹先生が作られる人形が一番人間に近かったんです。彼女の作る人形はちょっと僕が今まで撮ってきた女の子と重なるところがありまして。人形はいつも連れて歩いていて、女の子を撮影してる同じ場所で、女の子がメイクをしている合間とかに撮ってるんです。僕の写真は人形らしく写ってないから、作家さんたちは大竹先生を始め、すごく嫌だったんじゃないかと思います。「そもそもどうして私の人形が海辺にいるの?おかしいじゃない」とかね。

北澤清子

私もその昔アイドル歌手をしていた時代に写真を写して頂きましたが、球体関節人形の豊かな表情を見ていると、球体関節人形以上の表情をタレントが出来るのかと…人間よりある意味リアルに感じました。

伸さん

そんなことないですよ。ただ、人形も表情が変わるから、撮りながらそれに気づくって大変なんです。カメラを通して見ていると本当に泣いたり笑ったりする。水を付けて泣かそうと思っても、粘土でできてるから付けられないというのもあって。人間を撮る時もそうですが、僕はあまり演出はしないんです。僕に何を撮られたいのか?何を撮られたいのか自分でわかったら、被写体自身がカメラに対して力を出してくれないとダメなんです。ゼロでは引き出せないですから。50の力を出してくれたら、残りは僕らが引き出すということです。

山岸伸さん山野江里依

 山岸さんはなぜf♯factoryに協力してくださったんでしょうか?

伸さん それは……魔が差した(一同大爆笑)

山野江里依

魔が差したんですか!?

伸さん

その時の気持ちが撮ってあげてもいいかなというものだったんだと思います。頼まれても嫌な時は撮らないですから。北澤さんとの再会もあったし、そういった懐かしさと、やっぱり人生には出会いが一番大切じゃないですか。冒頭の挨拶でも言ったんですが、僕は一人でずっと生きてきて、意外と人に優しくしてもらったことがないんですよ、ホントに。人に優しくはするんです。例えばタレントさんのお誕生日にはずっと贈り物をしてきたりとか。だけど相手からはされたことがない。そういうことをしてくれるのは飯島直子ちゃんくらいです。温かさに弱いというか、ちょっと浸りたい時期だったんじゃないかと思います。

 

山野江里依

今はどうですか?

伸さん

もうポカポカで湯気が出ちゃってます(笑)。頑張るって言葉は最近敬遠されてるみたいだけど、僕は大好きです。起きたら「また頑張るぞ」って気合いを入れて出かけていく。やっぱりいいつながりや出会いを大切にしたいですよね。一人でできないこともたくさんあるし。どうぞ100人(f♯familyは100人到達が目標)を目指して頑張ってください。僕も一生懸命お役に立てることを考えますので。でも、f♯factoryに入ると、10対1で女性に囲まれてハーレム状態でご飯が食べられる、そういうのが目的だろなんて勘違いされても困っちゃうなぁ。

北澤清子

絆と自分らしさを手に入れて♯(シャープ=半音UP)するのがf♯factoryの活動の主旨なんですが、山岸さんにとって自分らしさってなんでしょうか?

伸さん

毎日生きているってことですね。病気(慢性骨髄性白血病)になって、抗がん剤を3年も飲んでるとけっこうつらいです。でも、人につらいって言っても仕方ないんで。体力がなくならないようには努力しています。

前回のギャラリートークの時は、被写体になってもらってる米米クラブのジェームス小野田さんが来てくれてたんだけど気付かなくて。終わって外へ出て「小野田さんじゃない?」って言ったら「そうです」って。ステージでいつも20センチくらいヒールのある靴を履いてるから大きいイメージしかなくて。今回もまた奥さんと来てくれてうれしかったです。またライブをやるらしくて、お招きいただいたんで行ってこようと思ってます。

山野江里依
ところで息子さんもカメラマンだとか。

山岸伸さん

子供は2人いて両方男の子です。長男が35歳で、次男が30歳。それは次男でビデオのカメラマンなんです。おかげさまで次男が撮影したサーフィンのビデオはそのジャンルで日本で一番売れてるらしいです。世界のトップサーファーを撮ってるみたいで、ほとんど日本にいないんですけどね。

2人とも小さい頃はサッカーをやってまして、次男はサッカーで優秀だったんですよ。中学までは泣く子も黙るサッカー少年だった。プロユースチームからスカウトされたりもしてたんですけど、半月板を両方手術してサッカーを止めて、海に行っているうちにサーファーになったんです。29歳でプロになりました。日本では一番遅いみたいですね、普通は10代でなるみたいですから。日本の波は小さいんで体が大きいうちの子は大変。プロサーファーは160センチ台が多いから。

一つ心配なのは、まだ結婚してないこと。誰かいたらよろしくお願いします。商売で波に乗ってると沖に上がらないから、ガールフレンドができないんだよね。結婚したらいい選手になるんじゃないかなと思ってるんです。奥さんもらって生活しなきゃならないから働かなきゃって。何か親父らしいことしてやろうと思うんだけど、全部自分でやっちゃうから今のところ何にもしてあげられてないんですよね。

告知

◆「PENフレンド写真展」6月28日~7月4日(オリンパスギャラリー東京)
PENフレンド写真展 山岸伸プロデュース
◆「瞬間の顔」2012年11月開催予定(オリンパスギャラリー東京)
Editor
f♯factory Team ライター
原田亜弓

-山岸伸氏との出逢い、そして再会…f♯factoryへと  北澤清子-

ガラーム気分で歌わせて

伸さんとの出会いはアイドル時代…「麻生真美子&キャプテン」という3人組のユニットで歌っていた頃、「ガラーム気分で歌わせて」という曲のジャケット写真のお仕事でお目にかかったのが最後だったと記憶しています。(実は左のジャケットの写真は伸さんの撮影ではないんです。撮影当日にマミちゃんが現場で体調が悪くなり撮影が中止になった為、幻のジャケット撮影となったわけです。そこでこのジャケットは急遽雑誌の撮影の合間に写した別の写真を使用しました。)

あれから20年以上の時が流れ、昨年フェイスブックを通じて再び繋がり、9月に伸さんのスタジオを訪ねて再会できたのです。
その時にf♯factoryについて熱く語らせていただきました。

そして、「f♯factoryに力を貸してくださいませんか?伸さんにどうしても写真を撮影していただきたいのです」と申し上げたところ、「写真で協力できることはするよ!」と快く言っていただいたんです。

ご快諾していただき喜ぶ私に、伸さんはおっしゃいました。

「実は僕は3年前に慢性骨髄性白血病を発症したんだよね。薬で治療しても、もって3年と言われている病気でね。保険を使っても毎月かなり高額な出費で薬を飲み続けてるんだけど、幸いにその薬が効いていて、数値もかなり低い状態で抑えられているんだ。でも、急性になったら2~3ヵ月の命。いつ死ぬかわからない。命の終息に向かって歩き出しているんだよ……」

そして、こう続けました。

「病気がわかってから、それまで僕の周囲にいて去っていった人もいた。事務所のスタッフも減らして、千代田区六番町に大きなスタジオと事務所があったんだけど、整理して神田に引っ越したんだ。膨大な写真の数々も山へ行って全部自分で焼いてね。その中にあなたたち(麻生真美子&キャプテン)のもあったけど、もう焼いてしまったから無いんだよ。

f#病気になる前の僕なら、f♯factoryには全く興味を持たなかったと思う。でもね、病気をして気が付いたことがあるんだ。僕は今まで仕事人間でずっと仕事ばかりしてきた。それで、気が付いたら仲間がいなかった。仲間が欲しいと思ったんだよ。だから写真で出来ることは喜んで協力するよ」と。

帰宅後に1通のメールが届いたのです。

「参加させてください!」と……。
まだ想いとアイディアだけでなんの形にもなっていないf♯factoryを私の語りだけで信頼していただき、伸さんの想いのある一言に胸が熱くなりました。

その後、伸さんからはf♯factoryにたくさんのアドバイスをいただいています。伸さんはf♯factoryにはなくてはならないスペシャリストであると同時に、スーパーバイザーであり、みんなのエネルギーそのもののような存在です。伸さんの免疫を上げてお元気でいていただくためにも、f♯factoryにかかわった皆さんお一人お一人がどんどん♯を重ねて生き生きした笑顔になっていただくためにも、日々ひとつでも多くの前進をしたいと感じています。

HPの写真のほとんどは伸さんに今年の1月に撮影していただいた写真です。みんなの笑顔を引き出して、素敵に写していただき心から感謝しております。伸さんからは今後していただけることを社会貢献も含めて3つほどご提案いただいています。
これからも伸さんにたくさんのことを教えていただけることがf♯factoryの仲間と共に楽しみでなりません。伸さんにもf♯factoryの仲間との交流を深めていっていただけたらと思っております。
そして、いつまでも伸さんのお元気な笑顔と共に歩んで行きたいと願っています。

f♯factory代表 北澤清子

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